意識が全てを創造していると言うけどそんなふうに思えません

意識が全てを創造していると言うけどそんなふうに思えません
ロゴスタディでは根底に流れるテーマとして「意識が全てを創造している」と学びます。

しかしそう言われても、物質とか、他人がどう行動するかなど、とても自分の意識が創造していると思えないことは少なくありません。

意識が全てを創造しているというのは一体どういうことなのでしょうか?

あなたの意識はどこにありますか?

「あなたの意識はどこにありますか?」と聞かれたら、あなたはどのように答えますか?

「脳のあたり」、「胸のあたり」。いろいろな答えがあるかと思いますが、それは固定観念かもしれません。

ここではそんな固定観念を剥がしていきたいと思います。

風船はどの部分ですか?

早速ですがひとつ質問です。

風船があるとします。この図で風船はどの部分になるでしょうか?

ふつうは下の図の青い部分になると思います。

もう少し細かく言うと、一番外側のゴムの膜とその内側が風船です。

しかし、「反転」させてみると、下の図の青い部分が風船であるとも言えます。

ゴムの膜とその外側が風船であるという捉え方も出来るのです。

私はどの部分ですか?

下に人間の図があります。この図で「私」はどの部分になるでしょうか?

下の図の青い部分が「私」になると思います。一番外側の皮膚とその内側が私です。

しかし、「反転」させてみると、下の図の青い部分が私であるとも言えるのです。
捉え方の問題です。

意識が全てを創造している

言霊により現実創造が出来るのは、意識が全てを創造しているからに他なりません。

しかし、意識が自分の内側にしか存在しないと考えていると、意識が全てを創造していると考えるのは難しくなってしまいます。

下の図の青い部分が「私」であるなら、自分の意識が変わることで青い部分は変えられることになります。つまり自分の意識で青い部分が創造できるわけです。

青い部分には何でもあります。

私たちは、一番外側にある皮膚とその内側が自分だと認識しています。その捉え方を変えることで、この辺りが腑に落ちるようになります。

あなたが生きている現実を創造しているのはあなた自身なのです。

鎮魂

我流ではありますが、この「意識をどこに置くか」の体感を得るために最適な学びは鎮魂ではないかと思います。

鎮魂している時、私は下の図のように意識を外に出すようにして鎮魂に入っています(座っている図がなくてごめんなさい)。

ワープ2期でも「意識は頭とか胸とか自分の中にあると思っているがそうではない」「例えば宇宙の果てを想ったら意識は宇宙の果てに飛んでゆく」というお話がありました。

意識で全てを創造するために、意識を自分の外に出して、それを認識するワークは意味があるのではないかと思います。

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