生前供養構文を発信したら起きたこと

生前供養構文を発信したら起きたこと
ロゴストロンMシステムの「定型文」に「生前供養」という構文があります。

本来、供養は亡くなったあとに行うものですが、亡くなる前に供養を行うという構文です。

生前供養構文を発信したらこんなことが起きました。

臨死体験を人工的に起こす構文

生前供養構文は2016年10月くらいにリリースされましたが、私が使用したのは今回が3回目になります。

リリースされてすぐに2回、発信して、その後使うことはありませんでした。

なぜかというと、生前供養構文を発信することで、独特の倦怠感や厭世観、身体のだるさのようなものがあったからです。

実際に、構文を作成した七沢智樹講師も次のように述べておられます。

但し、一度発信してみて、
気分が悪くなるようなことがあったら、
ご自身の判断にはなりますが、
一度発信を止めた方がいいかもしれません。

(【Mシステムメルマガ】定型文「生前供養」って、どんなファイル!? 2016-10-28)

というのは、「生前供養構文」は臨死体験を人工的に起こすために開発されたともいえる構文だからです。

智樹講師も、完成した構文を(主語設定を自分の名前にしたまま)研究所の大型本体器の上に置き忘れてしまい、それ以来「死ぬ」ということが身近に感じられる妙にリアルな夢を見たそうです。

夢を見ました

ここ数か月はロゴストロンから健康維持・増進系の構文を発信していることがほとんどでした。

そのため良く眠れますし、目覚めも良いです。

しかし、昨晩から生前供養構文を発信していたことで、どうにも気持ち悪くてうまく眠れませんでした。寝ているのになんかだるいのです。

明け方はなんとなく目が覚めているような状態で、変性意識に入っていたと思います。

その状態で夢を見ました。

大学生の私は「産業心理学」の講義に出ようとしていました。しかし、どの教室に行けばいいのかわかりません。

どうにか教室を探し当てた私は、中に入ろうとしましたが、入ることが出来ませんでした。

私は街で石原さんと出会いました。私は「今はあんまり質問したいこととかないんだよな」と考えていました。

しかし、笑顔の石原さんは私に何か話しかけてくれるのかと思いましたが、そのまま自転車に乗って走り去ってしまいました。

私は「ああ、そうか。死ぬときに研究所の先生が助けてくれるわけではないんだな」と思いました。

私は家から外に出ようとしていました。

しかし、門のところに訪ねてきた人が邪魔で出れません。その人は門の上に鞄を置いて乗り越えられないようにしてしまいました。

結局、私は家から外に出ることが出来ませんでした。

このような夢を次々に見た後、だんだん目が覚めてきました。

どうも、「こちら」から「あちら」へ移動しようとして、出来なかったという夢のように思われます。

鎮魂しよう

ある程度意識がはっきりしてきた私は、「鎮魂しよう」と思い、天井に着いている丸い火災報知器を鎮魂石に見立てて鎮魂することにしました。

毎日見ている天井ですが、そこを見ながら鎮魂するなんて考えたこともありませんでした。でも今は鎮魂しなければと思ったのです。

鎮魂とはどのようなことなのかについて、再び七沢智樹講師の言葉から引用しますと、

生前にしっかりと五魂を統合して鎮魂していれば、死んだ後にすぐ、「あの世」に行くことができる。

一方で、鎮魂されていない状態(=魂が体から離れている状態)で死んでしまうと、肉体がなくなって戻れなくなった魂が、「さまよえる魂」となってこの世に残ってしまうわけです。

また、生きている間も、五魂があちこちにさまよっていると、せっかく、自分の魂が持っている使命(生命意志)を実現するのが難しくなってしまうとも言えますね。

(【Mシステムメルマガ】定型文「生前供養」って、どんなファイル!? 2016-10-28)

こういうことです。

そういうわけで鎮魂してみたのですが、ほとんど入ることが出来ずに起きてしまいました。

独特の厭世観に包まれて、腕の関節に鬱滞が溜まり、「すっぱい」感じがします。

ちゃんと死ぬこと

最近になって、私が七沢研究所で学んだり、ロゴストロンを使ったりする目的は「ちゃんと死ぬこと」だと腑に落ちました。

だからといってすぐ自殺するとか、そういう話ではありません。100%確実な未来である自分の死に際しては正しく死のうということです。

もちろん今すぐ死ぬのではないので、それまでの間のことは大事です。しかし、ワープ出身の私でもロゴストロンで成功しようとかいうのは違和感しか感じなくなっています。やりたい人がやればいいことだし、本題はそこではないと思うからです。

現代では、供養といっても何をどうすれば供養なのか正しく教える人がいません。そんな中、研究所で学びロゴストロンを活用できるのはかなり稀有なことだと思います。

ところで、「幕末の三舟」のひとりで、剣・禅・書の達人としても知られる山岡鉄舟は座禅を組みながら死んでいったと言われています。

大野さんも石原さんも、この山岡鉄舟が大好きだそうです。

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